飯嶋とニコラス/ ブラック・バニーズ番外編

入口のドアで騒ぎが起こっている。
最近、常連になりつつある二人の客が鉢合わせた。


一人はニコラスというイタリア系の長身の男で、すらりとした洒落たタイトなスーツを着こなし、彫が深くグレイがかった緑の目が印象的だった。

もう一人は飯嶋といい、標準的な日本人で、色が白く赤い縁の眼鏡をかけている。
とても物静かで、来店してもほとんど会話をせず、その場の雰囲気を楽しんでいるようだった。


二人がもめている原因は、バニーズの中でも一際目立っている一朗太というバニーだった。
他の多くのバニーズが中性的、あるいは女性的な印象なのに、一朗太は短い黒髪に、柔道着のほうが似合うのではないかと思うみっちりした柔らかな筋肉の身体をバニースーツで包んでいる。
おまけにヘテロで女装趣味もないが、好奇心でバニーになったという異色の動機だ。

ブラック・バニーズがリニューアルされる直前に雇われたため、最初から澤老人の厳しい教育を受け、ここまで続いてきた。
経験不足からか、まだ言葉遣いも態度もバニーとしては未熟だが、その初々しさと好奇心が旺盛でなんでもやってみたがるところも、少々マニアックな客がつきやすい原因だった。


ニコラスと飯嶋の二人とも、一朗太を指名し、どっちも引かなかった。
温和な優也が間に入ってもお互いに譲ることをせず、ドアの前で饒舌なニコラスが大声で話しまくり、飯嶋も言葉短く自分の意思を押し通していた。

騒ぎの原因が自分だと知り、一朗太は二人に近づいた。

「いらっしゃいませ、ニコラス様、飯嶋様」

「ああ、一朗太!
今夜もバニースーツが似合っているね!
一秒でも早く君と話がしたいと思っているのに、足止めを食らっていて困っているんだ。
早く僕を助けてよ、一朗太!

「一朗太さん、お騒がせして申し訳ありません」

一朗太は二人を見て、少し考えると口を開いた。

「入口で立っていては他のお客様の迷惑になりますよ。
どうですか、一緒のテーブルにつくというのは。
俺、困っちゃうんでそうしてもらえると助かるんですが」

優也に言葉遣いへの注意を受けるが、一朗太は気にせず二人を交互に見た。

「ええーっ、一朗太、それはないよ!
僕は君を独占したいんだ。
どうして僕たちの貴重な時間を他の人と過ごさなくちゃならないのかい?」

ニコラスが大げさに手を広げて嘆きながら、言う。
飯嶋は何も言わずに、じっと一朗太を見ている。

「お席にご案内します」

一朗太は二人の返事は待たず、すたすたとテーブルに向かって歩き出した。
太い筋肉質の足に網タイツのバックシームが食い込む一朗太の後ろ姿を二人は慌てて追いかける。

そして自分から等間隔に二人を座らせて、一朗太が言った。

「ご無理言ってすみません。
今日は半額でいいです」

一朗太がぺこりと頭を下げる。
不似合いなサテンのうさぎの耳がゆらゆらと揺れる。

「どうして半額でいいんですか?」

飯嶋がすかさず尋ねる。

「本来ならお一人ずつ相手をさせていただくのですが、ご一緒でお願いしましたから。
さすがの俺でも、お二人が面白くないのはわかります。
でもあのままなら、お二人ともしばらく出入り禁止になったかもしれません。
それはいやだ」

「ああ、一朗太は優しいんだねっ!」

ニコラスが感激していると、飯嶋が言った。

「残りの半額はどうなるんですか?」

「俺が払います。
店に損をさせるわけにはいかないので。
さ、飲み物はなにになさいますか?」

バニーのくせに男前っぷりを披露する一朗太に、二人は反省しつつもまた惚れ直してしまった。

「いいよいいよ、きちんと自分の支払いは自分でするよ、一朗太!
かわいい君に迷惑をかけていたんだね、ごめんね」

「自分も全部払います」

「じゃあ、最初の一杯は俺がおごりますね。
ビールでいいですか?
あ、俺もビールが飲みたいな。
一緒に頼んでもいいですか?」




そんなやり取りを隣のテーブルで、少し呆れ気味に桐谷が見ていた。
ちょうど、桐谷にマティーニを運んできた優也もそれを聞いていた。

「どうなることかと思って見てたけど、一朗太もなかなかやるね」

「ちょっかいを出さないでくださいね、桐谷様」

桐谷の言葉にすかさず優也が釘を刺した。

「随分男前の対応じゃないか、一朗太は。
さて、どうするかな」

「どう、って?」

「私が指名を入れるのもいいし、一朗太を呼び出してキスをしてやるのもいいな」

悪戯っぽく桐谷が言っていると、肩にぐっと寄りそう気配がした。

「桐谷様、悪趣味。
今はこっちでしょ」

美崎が拗ねたように、桐谷の肩に手をやって自分に関心を向かせた。

「悪趣味かい?」

「今は私といるから、私だけ見てて。
それとも、二人であのテーブルに行っちゃう?」

「それもいいな」

「二人とも、止めてください」

優也が冷ややかな声でそう言うとテーブルを離れていってしまった。










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