銀のエトコリア

2020-11-22

星史郎さんはマントみたいな人 / 東京BABYLON

event_note11月 22, 2020 editBy Kyrie forumNo comments

 


※個人の見解です。

私の中で桜塚星史郎という人は「マントみたいな人だ」と感じている。

飄々として、でも得体が知れなくて、優しそうなのに奥が暗くて底が見えない怖さのある、それでいて彼の用意するお茶や食事には温かさがある、ような人だ。

それを「マントのよう」と言ってしまうのは、皇昴流さんをぎゅっとしたときに「すっぽりと包む」ような大きさがあるような気がしているから。

星史郎さんは背は高いがでかい男ではない。
肩の筋肉もりもりではなく、どちらかというとしゅっとしていると思う。
鍛えてはいそうだけど。

でも身長差も歳の差もある昴流さんをぎゅっとしたときに「すっぽり」という感じがするのだ。



昴流さんは一生懸命でピュアで真面目で、不器用なところもある人だ。
だからすごい力を持っていても、その繊細さですぐに傷ついてしまう。
傷ついても笑っていそうだし、それは弱さではない。
でも、無傷じゃない。

そんなときに星史郎さんなのだ。
「星史郎さん」というマントで昴流さんをすっぽりと包み、
昴流さんが泣いている姿を隠し、
昴流さんが傷ついているのを癒し、
昴流さんを温め、
強いし逞しいし生き延びるだろうけれどどことなく昴流さんと同じように折れてしまいそうな儚さも持ち合わせている北都さんもすっぽりと守れるくらいの大きさで、昴流さんも守れそうな気がしている。



実はコミックスの最終巻を読んだようなどうだったか、記憶が曖昧だ。
友達から借りていたので、だんだん疎遠になり読む機会がなくなったからだ。
あるいは、読んだけど「え、これで終わり?!」と思ったのか。

自分が書いているもののことを棚に上げると「かっちりと終わらない終わり」にはすっごく欲求不満になる。
「完全燃焼させろよぉぉぉぉっ!!!」となる。



そこにいきつくまでのお話も苦しくなって、私には刺激が強すぎる作品だった。
だけどそのぶん、「雪の女王」の鏡の破片のように私の心臓に深く突き刺さった欠片のひとつとして今も抱えている気がするなぁ。


ちなみに私の中の星史郎さんの声は子安武人さんで再生される。
ドラマCDも友達が一緒に貸してくれたからだ。
子安さんの「お調子者で飄々として、おちゃめなのにどこか大人で、でも得体の知れない不気味さ」を含む声は星史郎さんにぴったりだ。




もうちょっとCLAMP作品語りをしてもいいのなら、
  • 「20面相におねがい!!」のドラマCD、大好き!お母さんA、Bの「玲さあああああああああんっ」のところがとっても好き。
  • 同人誌「SHOW-TEN」も好きだったなぁ。どっかにウムラウト記号がついていたような気がする。再録本なんて「なんじゃ、この厚さ?!」っていうくらいあった。もうちょい横道にそれるとえみくりさんの「第七天国」も「もうやれんっ!」というくらい切なかったわぁ。
  • 「COMBINATION」も好き。目だぬきさんの犬も食えない眼鏡も「もうやれんっ!!!」じゃったなぁ。



おしまい









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