カフェILYA 下書き(1)




※ネタバレあり。閲覧注意。




「カフェILYA」は不思議な感じで書きました。

発表前に読んでもらえる心強さ / 「カフェILYA」あとがき


あとがきでも触れているように、珍しく第3稿まで残っていて、第4稿を「完成作品」として投稿しています。

お恥ずかしいのですが、このお話が書かれる間、裏で310さんとマーケットさんがどんなものを読んでいたのか、3回に分けて公開してみようと思います。

削られた部分。
書き足された部分。

こういったものが確認できると思います。
「字書きの生々しい舞台裏」のおすそ分け、として、お楽しみいただければ幸いです。


リアルタイムで付き合っていただいたお二人には、編集者のような存在でした。
そして、そうそう創作の裏側をお見せすることはないので、楽しんでいただけたように思います。
機会があったら、お二人に「のぞいていた感想」なんかを聞いてみたいです。


***
注意

  • 話の内容は同じです。なので、ちょっとしか違わないお話を3回も読むことになるので、退屈かもしれません。
  • 恥を忍んで、誤字脱字その他もそのまま載せてみます。
  • 名前などが違うのは、書きながら変更したためです。



***

カフェILYA 下書き(1)

重厚なドアを開けると、昔ながらの喫茶店のようにドアベルがカラコロと鳴った。
それがかわいらしくて、いつもそのギャップにくすりと笑いそうになる。
中はカウンターだけの5席。

「いらっしゃいませ」

バーカウンターにしてもいいほどの立派なカウンターの奥で声をかけてくれたのは、細身のバリスタだった。
黒いスラックスに白いシャツ、深いこげ茶のベスト、品のいい蝶ネクタイ。
腰に丈の長いギャルソンエプロンをきゅっと締めているせいで、ますますセクシーな腰に嫌でも目がいってしまう。

柔らかに笑うと目尻にかわいいしわができる。
自分より随分年上のはずなのに、かわいいと思ってしまう。
人懐っこい笑顔で迎え入れられると、心底ほっとする。
空いている席に着くと熱々のおしぼりが手渡される。
動くたびにゆるく結んで後ろに流している長い髪が揺れる。
手を拭き終わったタイミングで、小さな手書きのメニュー表が差し出された。

ここ、カフェ KYRIYAは風変わりなカフェだ。
置いてあるのはコーヒーだけ。
それもブレンド。

「邪道なのはわかっているのですが、コーヒーもお茶のようにいろんなブレンドができないかと思ってやっているんです」

そう悪戯っ子のように笑いながら言ったのはカウンター内にいるバリスタのユーヤさんだった。
左胸に光るネームプレートには「YUYA」とだけあり、他の客もそう呼んでいるので、俺もそう呼んでいる。

ユーヤさんが言うように、様々なコーヒーの粉をブレンドし、好きな名前をつけて提供している。
仕事帰りに、ふらりとここに寄って適当なものを注文するのが俺は好きだ。
意外性のある味に驚くこともあるし、深く癒されることもある。

「ユーヤさんのお薦めで」

「そちらの方は?」

大概一人でここに来るが、今日は違う。
大学のときから付き合いがある黛と飲んでいるときに、面白いカフェがあると話すと是非に連れていけと言われやってきたのだ。
この時間にKYRIYAに来るのは初めてだ。
随分遅い時間だったが、開いていて驚いた。

「俺もお薦めでもいいですか?」

「かしこまりました」

ユーヤさんは小さくうなずくと、粉を密閉している缶に手を伸ばした。

黛が店内を見回している。

「すごいところだな。
アルコールが出てきてもよさそうな雰囲気」

「言っただろ。
安煙草なんて吸えないよ」

こんなに綺麗なバリスタがいるのならさぞかし女の子にモテて騒がれそうな店なのに、女性客がいないのはこの雰囲気にある、と思える。
外観からして、スーツ、いや、もっと古めかしく「背広」と言ったほうが似合うかもしれない、それも三つ揃えだ。
オーダーメイドのそれを着て、葉巻をくゆらすくらいの「大人の男」じゃないとここには似合わない。
実のところ、三十路は過ぎたとはいえいまだに落ち着かない俺には似合っていないと思っている。
そのことを口に出したら、ユーヤさんはにこやかに「男の人はいつまでもやんちゃな男の子のまんまですよ」と言い放った。
なので、あまり人がいないのを見計らって、俺はここに来ていた。

「佐藤はよくここに来るの?」

「ううん、たまにだよ。
ここに座ってぼーっとしたり、ユーヤさんとちょっとしゃべって、コーヒー1杯飲んで帰る」

「いい時間過ごしているな」

「だから秘密にしたかったのに、黛が連れていけって、うるさかったじゃないか」

「なんだよ、佐藤も自慢してたじゃん」

酔いのせいか、親しい友人といるせいかまるで学生の頃に戻ったようにくだけた話し方になる。
しばらく、そんなことを話していると白いカップとソーサーでコーヒーがサーヴされた。

「お待たせいたしました。どうぞ」

俺はカップを持ち上げ、まず香りを嗅ぐ。
深くて甘い香りだ。
まるでチョコレートみたいな。

「佐藤さんには『花散里』、黛さんには『花宴』をご用意しました」

なにも入れずに飲む。
苦みの中にこっくりとしたココアのような甘さがそっと忍ばせてある。
今週仕事で忙しくてぼろぼろになった俺には沁みる味だ。
俺はユーヤさんを見た。
ユーヤさんはにこっと笑った。
「佐藤さんより10コ以上は年上ですよ」と言っていたけど、そのかわいさは反則だ。
いつもここに癒されにきているのに、このコーヒーでも癒されるだなんて。
黛がいなかったら、もっとユーヤさんと話ができていたかもしれないのに。

と、その黛が静かなのに気がついた。
うるさいほどではないが、少し大きめの声で陽気に話をする黛が黙っている。
ちらりと横を見ると、一口飲んだ黛がソーサーにカップを置いて、中のコーヒーを凝視している。

「おい、どうした?
そっちのうまい?
飲ませてよ」

いつもと違う黛が怖くなって、それを壊すかのように俺は黛が何か言う前にあいつの前のカップを取り上げ、飲んだ。

熱っ!
驚いた。
なんだ、この熱さ!

コーヒー自体が熱すぎるわけではない。
俺が飲んだのと同じくらいの温度だと思う。
しかし、とても刺激的でカッと身体が熱くなりそうだ。
コーヒーがかつて媚薬として使われたってこと、あったかな?
どこかで聞きかじったおぼろな記憶を手繰るが、すべてがいい加減だった。
身体の奥の官能が呼び起こされるような、そんな熱さ。

黛がキッと顔を上げ、ユーヤさんになにか言おうとしたとき、カラコロとかわいい音がした。
ドアが開いて、一人の男が入ってきた。

まさのこの店に似合う男だった。
細い金縁の眼鏡に深い茶色の三つ揃えのスーツによく履き込まれ手入れされた靴。
歳は60を越えているか。
中折れ帽を取ると、店の隅に置いてあるコート掛けの上に手慣れたようにひょいと置いた。
そして、俺と席を一つ空けて座った。

「いらっしゃいませ」

「今日は遅くまでやっているんだね」

「ええ、お陰様で」

ユーヤさんはにこやかにおしぼりを手渡す。
白髪交じりの髪は後ろに流しているが、夜が遅いせいか帽子のせいか、少し乱れて前に少し垂れている。
小柄なほうだが、圧倒的な存在感に俺も黛も飲まれている。
それなのにユーヤさんは涼しい顔で接客している。
貫禄が全然違う。
この人なら、葉巻も似合うだろう。

手渡されたメニュー表を見て、男は呟いた。

「おや、今回は『源氏』?」

「ええ、ちょっとしっとりした気分だったので」

「しっとりねぇ」

男はメニュー表を読み続ける。

「なんだ、『葵』はないんだね。
あれば私がどれだけ嫉妬で苦しんでいるのか、当てつけに頼んでやろうと思ったのに」

嫉妬? 当てつけ?

「でも、『須磨』はあるんだ。
それにするよ」

「かしこまりました」

ユーヤさんは返されたメニュー表を受け取り、コーヒーを淹れ始めた。

男が手を組み、カウンターに肘をつき、ユーヤさんを眺めている。
手首のところからカフスボタンがちらりと見える。
カフスボタンをするようなシャツ、俺持ってないぞ。
というか、カフスボタン持ってたかな。

毒気を抜かれたように、きょとんとしている俺と黛に気がついた男がニコっと笑った。

「すまなかったね、うるさかったかい?」

俺たちは首を横に振った。

「今回のコーヒーの名前が『源氏物語』の巻名だったものでね。
知っているかい、『源氏物語』?」

「学校で習ったはずですが、あまり覚えていません」

黛が答えると、男は静かにうなずいた。

「54帖あって、それぞれに名前がついているんだよ。
私が頼んだ『須磨』というのは、美貌の光源氏がライバル視されていた右大臣家の怒りを買ったので、自分から須磨に流れていくことにした話だよ。
華やかな都にいたのに、鄙びた須磨に行き寂しくて心乱れるんだけど、一人寝の寂しさを誰も満たしてくれなくてね」

男はちらりとユーヤさんを見る。
しかし、ユーヤさんは素知らぬ顔をしている。
この男、ユーヤさんとどういう関係なんだ?

「ところで君は何を飲んでいるの?」

「え?俺ですか?
えーっと…なんでしたっけ、ユーヤさん?」

覚えてなくてとっさにユーヤさんに聞いてみる。

「佐藤さんには『花散里』をお出ししました」

「ふうん。
花散里は源氏の恋人の一人でね、滅多にやって来ない源氏にも恨み言を一つも言わずにいつも優しくしてくれるんだよ。
須磨に流れていく前に、源氏は弱っていたのかな、花散里のところへその優しさに癒されに行くんだ」

ん?
ちょっと、俺がここに来る目的がユーヤさんにバレてるの?
ユーヤさんに癒されに来てるの、バレバレなの?
ヘンな汗が出そうになって、俺は焦った。

「君のは?」

男は俺の向こうにいる黛に話しかけた。
ずっと押し黙っていた黛だが、「花宴です」と短く答えた。
顔を見たが、ユーヤさんになにか言い出しそうな思いつめた感じは薄まっていて、俺は安堵した。

「誰か好きな人、いるの?」

突然の発言に大いに俺は驚く。
振り向いて黛を見ると、あいつも同じように驚いていた。

「どんな人?」

男は自分のカップに口をつけながら聞いた。

おい、本当か?
黛に好きな人がいるなんて、俺は聞いてないぞ。
そう言いたいのに言えずに、黛を凝視した。
あいつは驚いた顔をしていたが、大きな呼吸を一つするときりっとした顔つきになり口を開いた。

「います。
そばにいて気持ちのいい人です。
だからずっとそばにいて見ていたい。
最近、疲れているのが続いているのが心配です」

きっぱりと言い切って黛はすっきりした表情で男を見た。
こいつにこんな顔をさせる女って誰だ?
相当だぞ、これまで付き合っていたのを見てきたけど、こんな顔になったのを見たのは初めてだ。
俺はぽかんを黛を見ていた。

「『花宴』というのは、源氏が須磨に流れる原因が描かれた話だよ」

真っすぐに黛を見ながら、男は言った。

「右大臣の娘に朧月夜というのがいてね、天皇の輿入れさせようと考えていたんだ。
けれどそうする前に源氏が手をつけたわけだ。
源氏もわかっていて手を出したし、朧月夜も拒みはしなかった。
ライバル視されていた男の娘に、それも天皇に近づくために差し出そうとしていた娘に手を出したんだからね。
二人は危険な恋をした。
それで右大臣の怒りを買ったので、須磨に流れていったわけだけど」

言葉を切って、男はにやりと笑った。

「私は嫌いじゃないよ。
叶うとかモラルとかそんなのそっちのけの身を焦がす恋愛」

だからか。
俺は黛のカップに口をつけたことを思い出す。
身体が熱くなり、焦れたように疼いたあの飲み物を。
思わず俺は熱い溜息をついた。

「生憎、君の朧月夜はそこまで情熱的でなさそうだけど、ま、時間の問題かな」

「だと嬉しいですね」

「そろそろ止めてくださいね」

男と黛の会話の間にユーヤさんが口を挟んだ。

「なんだ、先に君がこの人を煽ったんだろう?」

「煽っただなんて、人聞きの悪いこと言わないでください」

「秘めてるだけじゃなくて、いろんなものを吹っ飛ばして駆け抜けてもいいんじゃないか、と言いたいのだと思ったけど」

「そこまで過激なことは思っていませんよ」

珍しくユーヤさんが口数多く男に話しかけている。

それを横目に俺はそっと黛を見て、あいつの肘を突っついて小さく聞いてみた。

「好きなやついたの?」

黛はかっと顔を上気させたが、すぐにさっきのいい顔になってうなずいた。

「いつから?」

「知り合ったのはずっと前だけど、気持ちを自覚したのは最近」

本気だ。
これまでならのらりくらりかわしてきたのに、今回は、なんていうか腹で受け留めている、というか。

たまに調子に乗り過ぎることもあるが、黛はいいヤツだ。
細かいことは言わないし、失礼なことも相手を傷つけるようなこともしない。
大らかで気持ちのいい男だ。
誠実でマメだから、女性ウケもいい。
はっきり言ってモテる。

「叶うといいな」

「……ああ」

というか、こんないいヤツを振るような女がいるのか。
俺たちもいい歳だし、もしかしたら結婚式で友人代表としてスピーチとかするのかな。

先を越されたような、じりっとした気分がこみ上げてくる。
焦り?
妬み?
いらつきそうな気持ちにコーヒーをすすると、甘く温かな香りがふわんと鼻腔を満たし、俺は気持ちを切り替えようとした。
盗み見た黛もコーヒーを飲んでいた。
それ飲んで、熱くなるのか。
コーヒーとユーヤさんの煽りに乗って、恋に身を焦がすのか。

「やれやれ、そろそろお暇する時間のようだね」

カタリと音がして、男が立ち上がった。
それと同時にユーヤさんがカウンターから出てきた。
初めて見た、そんなの。
俺の驚きをよそに、ユーヤさんは中折れ帽子を被り振り返った男が腕を広げるとそこに入っていき熱いハグをしていた。
声も出ない光景だったのに、その男はあろうことにユーヤさんの背中の手を下に滑らせ、形のよいヒップをなでた。
一瞬のことにユーヤさんは声にならない声を上げた。

「イリヤ!」

腕をほどき、イリヤと呼ばれた男はニヤリと笑って言った。

「君のあの『須磨』だけど、気持ちはわかるが荒み過ぎているよ。
須磨にいた源氏は、華やぎを忘れなかったと思うよ。
もっと『都に帰りたい』とも思わせてくれ。
紫のいる都に、ね」

イリヤはユーヤさんの頬を人撫でするとドアを開けた。
それを追うようにユーヤさんも外に出ていき、そして戻ってきた。
多分、呆気に取られていた俺たちに、ユーヤさんは苦笑いを浮かべた顔を向けた。

「お見苦しいところをお見せしましたね」

ユーヤさんは何事もなかったようにカウンターに近づき、イリヤが使ったカップに手をやった。

「あのっ」

切羽詰まった声を上げてしまった。
ユーヤさんがこちらを見る。
いや、こんなに近くで見たの、初めてかも。
少し動揺しながらも、俺はユーヤさんを見て一気に言った。

「さっきのセクハラじゃないんですか。
もし必要なら、俺も黛も見ていたし証言しますよ」

ユーヤさんは一瞬きょとん、として、それから花のように微笑んだ。

「イリヤはここのオーナーです。
ほら、店の名前も『イリヤ』ですし。
そして、私が知っているコーヒーについての全てを教わりました。
生き方もちょっぴりね」

優雅な手つきでイリヤのカップを持ち上げ、ユーヤさんは残っていたコーヒーを口に含む。

「……荒みすぎ、か……」

掠れた声でぽつりと呟き、複雑な表情をユーヤさんは浮かべる。
その意味を読み取ろうとするが、なに一つわからない。

「京の都に少女の時から育て上げた紫の上という最愛の妻がいながら、須磨に流れていたとき招きを受けて訪れた明石で出会った立派な姫君と出会い、契りを結んで子どもまで作るんですよ、源氏は」

ユーヤさんは奥歯をかみしめる。

「なにが『都に帰りたくなるようにしてくれ』ですか。
自分は明石でいい思いをしているのに」

ユーヤさん?
声を荒げるわけではないのに、抑えた感情の迫力がこっちまで伝わってくる。
少し乱暴にカップをソーサーに戻し、それらを持ち上げると、ユーヤさんはカウンターの中に入っていった。
そして改めて正面から俺たちを見る。

「本当にごめんなさいね」

「いえ、そんな」

俺は両手を振ってユーヤさんに返す。

「お二人とも、お時間、もう少しいいですか?」

え?
俺と黛は顔を見合わせ、軽くうなずくと「大丈夫です」と答えた。

「よかったら、私の趣味に少しだけ付き合ってくれませんか?」

意味がわからず、俺たちはユーヤさんを見る。

「お店はクローズドの札にしたし、ここからは私のプライベートタイムです。
ハーブティーを淹れるので、一緒にいかがですか」

「ハーブティー?」

「ええ、むしろこっちのほうが私の本業なんです」

ユーヤさんは水を入れたやかんを火にかけ、後ろの吊戸棚の左隅を開く。
そこにはずらりと乾燥ハーブの入った瓶が並んでいた。
それを適当に取り出して並べていく。

「本当はきっちり軽量するんですが、今日は即興です。
大丈夫。
怒りに任せて眠れないものは淹れませんよ。
むしろよく眠れるのにしましょうね」

ユーヤさんは手慣れた様子でガラスのカップとソーサーを3客、そして揃いのガラスのポットも取り出した。
俺たちは黙ってそれを見ている。

静かな時間が流れる。

長かったのかそうでないのか。
やかんの湯が沸き、ぐらぐらと煮立ったのをまずポットに注ぎ、温める。
それを捨てて、ユーヤさんがものすごい集中力で取り出した瓶のふたを開け、目分量でざっざっとドライハーブをスプーンですくってポットに入れ、を繰り返す。
あるものはたっぷり、あるものはほんの少量。
なにがどれなのかさっぱりわからないが、ユーヤさんには全てわかっているようだった。
一通りハーブを入れると、まだ火にかけたままの熱湯をやかんからポットに勢いよく注ぐ。
透明なポットの内側でさっき入れたハーブが生きているように舞う。
ユーヤさんが綺麗な指でガラスのふたをつまみ、ポットにはめると小さなふかふかの布の上に置き、上から帽子のようなふかふかな布をかぶせ、砂時計をひっくり返した。
そこで、やっと「ふぅ」っと息を吐き、緊張を解いて、にっこりと笑った。

「本当に大丈夫なんですか」

落ち着いた声で黛が言った。
「ええ」と、いつもの調子に戻ったユーヤさんが答えた。

「私のほうこそごめんなさい。
余計なコーヒーをお薦めしてしまって」

「いえ、ありがたかったです。
あれで腹が据わりました。
周りを全部敵に回しても遂げたい気持ちなのだ、と確認できました」

「あまり暴走しないでくださいね。
ちょっとだけ応援したかったんです。
見てるだけじゃ伝わらないことって多いでしょう?
もうちょっと押してもよさそうな気がして」

「なぁ」

俺はムッとして黛とユーヤさんの会話に割って入った。

「一体、何の話をしてるの?
俺にはさっぱりわからないんだけど」

黛は大きく溜息ををつき、ユーヤさんは肩をすくめて、黛をちらりと見た。

「私とキリヤの大きなお世話、のお話です。
黛さんはしっかりした方だから、余計な心配なんですが、もどかしくて」

ユーヤさんは小さく笑って俺を見た。
なんだよ、黛は初めてここに来たのに、ユーヤさんと馴れ馴れしく話して。

「ふふ、佐藤さんには別のコーヒーをお薦めしたほうがよかったかなぁ」

「どういう意味ですか?」

ユーヤさんはそれには答えず、サラサラと砂時計が落ち切るのをきっかりと見届け、ポットにかぶせていた帽子を取った。
中には赤い液体があった。

ユーヤさんはまるで一つの所作のようにポットを持ち上げると、温めていた3つのカップにそれを注いでいく。
紅茶とは違う赤で、違う匂いがした。





■参考

カフェILYA fujossy BL 閲覧注意






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